Overview
2年越しで実現した、 エキシビジョンの構想。
株式会社日本ヴァイオリンは、ストラディヴァリやグァルネリといった一級オールド弦楽器を扱う弦楽器専門商社です。同社の社長中澤創太氏は、2016年頃からひとつの大きな企画を立てていました。それが、2018年に六本木の森アーツセンターギャラリーにて開催された「東京ストラディヴァリウス フェスティバル2018」です。弊社は、2016年にこの企画のアイデンティティデザインを依頼されたことをきっかけに、最終的にフェスティバル全体と、フェスティバル期間のラストに開催された「ストラディヴァリウス300年目のキセキ展」のクリエイティブディレクションにデザインで向き合うことになりました。
Chapter 1
不確実性の中でも、 奇跡を信じて走り切る。
このフェスティバルの目玉は、世界中から東京にストラディヴァリウスが20挺集まってくるということでした。シンボルマークはそれを象徴するような設計としました。1挺でも数億円の価値があるストラディヴァリウスという楽器を20挺集結させることは、それを実現することだけでも相当難易度の高いことであり、実施に向けた企画を進める中でも、直前まで確約のされないミッションでした。中澤氏は、とにかくそれを実現するために奔走し、我々をはじめ関わる関係者はその意志と行動にリードされる形で、ストラディヴァリウスという歴史ある楽器のことをより広く多くの人に興味を持ってもらえるに試行錯誤しながら設計した2年間でした。
Chapter 2
音の響きが拡がるように、 現象をデザインする。
そもそも、ストラディヴァリウスの愛称で知られるヴァイオリンは、アントニオ・ストラディヴァリというヴァイオリン作家が生涯で製作した楽器につく呼称です。そしてそれは、現代においても楽器メーカーや作家が製作しているヴァイオリンという楽器そのものの雛形のフォルムです。ヴァイオリンにはアルファベットの’f’の形をした穴が左右対に空いています。このf字孔と呼ばれる穴の理想的な形も、ストラディヴァリが確立したと言われています。今から300年以上前のデザインが現代にも受け継がれているという事実をストーリー化して伝えることこそが、このプロジェクトにおける中心であり、それを現象化させるために、STRADIVARIUS ‘f’enomenonというコンセプトが生まれました。
Chapter 3
奇跡的な来場者数もまた、 300年の軌跡の一部となる。
2018年10月9日から1週間開催された「ストラディヴァリウス300年目のキセキ展」は、大きく4つのセクションで構成しました。全て’f’を頭文字にしたストラディヴァリウスの歴史や魅力、そして可能性を語る上で欠かせないファクターを設けました。弊社は展覧会全体のディレクションから、展覧会内の製作物、展覧会のカタログまで全てをデザインで形にしました。 ▼東京ストラディヴァリウス フェスティヴバル2018ウェブサイト https://tsf2018.com/
Chapter 4
関係者のクラフトへの敬意と熱意が、 新たな創造と称賛を生み出した。
本展覧会で、既存のクラシックファンだけでなく、広いジャンルの方にストラディヴァリウスへの興味関心を持ってもらうために企画した、Stradivarius:Timeless Journeyというインスタレーション企画は、クリエイティブテクノロジスト集団のQuosmoのテクノロジーディレクションと精緻なデジタルクラフトによって実現しました。彼らとの協業は、決してテクノロジーを使うことを使うことを目的にせず、新しい体験を創造するためにテクノロジーを用いることの重要性に気付かせてくれるものでした。300年前から現代までのストラディヴァリウスの響きを追体験するこのサウンドインスタレーションは、展覧会開催後、世界のクリエイティブアワードでも評価され、関係者をもう一度喜ばせてくれるものになりました。 ▼Stradivarius:Timeless Journey SpikesAsia デジタルクラフト部門GrandPrix https://www2.spikes.asia/winners/2019/digitalcraft/
Chapter 5
300年の時を超えて、 擬人化されたストラディヴァリウス。
展覧会会場の中にさりげなく配置されたQRコードから飛んだ先で公開された、ストラディヴァリウスを一人の女性に見立てたスペシャルムービーは、タレントの八木莉可子さんにご出演頂き、EDP GRAPHICWORKSの多大な強力のもと完成しました。
Chapter 6
クラフトマンシップは、 刻まれるべき事実。
展覧会の最後には、関わって頂いた多くの方々のお名前を、「アントニオ・ストラディヴァリに敬意を表して」という形で記載させて頂きました。多くの方々の理解と厚意によって、まさにキセキの連続だった本プロジェクトに関わらせて頂いたことを誇りに思います。

