伝統工芸有松絞りで知られている、愛知県名古屋市の有松という街があります。有松絞りは、江戸時代に東海道が有松付近を通っていたことでこの街と共に発展した歴史があり、有松地区は2019年に日本遺産にも指定されました。しかし、日本の伝統工芸全体に起こっている後継者不足の問題の影響もあり、近年では各生産事業者ごとに伝統の継承・発展に取り組んでいるものの、地域全体の連携ができているとは言えない状況がありました。弊社は2021年から2022年にかけて、有松でゲストハウスMADOのオーナーを務める大島氏から相談を受け、市の助成金などを活用して有松とその周辺の地域の伝統産業や歴史をストーリー化し、それを体験できるツアーとして発信していくことにデザインで向き合いました。
大島氏の構想を受け、有松絞りや有松にだけ興味を持ってもらうのではなく、絞り染めに使用する布やその原材料となる綿花の生産者や生産地を遡っていく道のりを「こっとん・ろーど」として捉え、むしろ有松のまわりにある事象から有松に焦点を当てていく「FOCUS ON ARIMATSU」というプロジェクトとしてブランディングしていくことを試みました。そこから見えてきたのは、伝統産業を支えてきた職人の手仕事の確かな技術と、産業として発展するために必要不可欠だった機械化や生産の仕組み、その歴史に自ら関わって次世代へと繋いでいきたいと考える人々の想いと、ひとつにまとめていくことが文字通り「一筋縄ではいかない」プロジェクトとなりました。
何度かプロジェクトチームで有松に取材で訪れる中で、そこにある確かなモノの質感と、想いのある人の声をありのままのドキュメンタリーにする必要があると確信しました。また、全体を1本のストーリーにする言葉とリズムも不可欠でした。映像作家の深尾氏は、フォトグラファー安永氏の眼を通した深度のあるビジュアルの世界と、ライター兼音楽家の大隈氏が現象から発想したストイックな解釈の音楽を、美しい映像表現として仕上げました。FOCUS ON ARIMATSUのホームページは、映像を入口にして、こっとん・ろーどのストーリーを「綿」「紡」「織」「絞」「縁」の順に、有松を中心に1本の「糸」を軸に、読み進めていくことができる構成になっています。この物語に惹かれ、有松という場所に興味を持ってくれる人を、そのままツアーへと導くことができれば、大島氏やプロジェクトが目指している、自然とこの場所で縁が紡がれていく未来へと近づいていくのではと思います。
→こっとん・ろーど ブランドサイト https://cottonroad.jp/
同時期に並行していた日本遺産の補助金を活用した商品開発を念頭に置いた企画展示のプロジェクトにも向き合い、有松の木造建築を最大限に活かした展示空間を村山氏と安永氏と共に演出しました。絞りのある日本家屋で、外から有松を知る人、実際に訪れた人が、どこか新しい有松を感じてもらうきっかけになると嬉しいです。